そりゃ、人間だろうよ。堂安律だぞ。
SportsPressJPが9月27日に報じた、堂安律の言葉だ。
「僕たちもマシーンじゃない」[1]
この言葉を読んで、まずそう思った。ドイツとスペインからゴールを奪ったからって、ついでに感情まで取り外したわけじゃない。
なのに、それを本人が説明しなきゃいけない。
選手名鑑に、人間ですと追記するところから始めるのか。どの欄だよ、それ。
9月27日のSportsPressJPの取材投稿によると、森保一監督は前日の会見で、堂安と塩貝健人の練習中のやり取りをめぐる配信内容を否定した。堂安も、不正確な話を伝えられることへの不満を語っている。
僕が聞きたいのは、もっと別の話だ。
あの場面で何が見えていたのか。なぜシュートを選んだのか。自分のプレーをどう見ているのか。堂安本人に聞けるなら、聞きたいことなんていくらでもある。
それなのに、自分と仲間の関係について、事実と違うと訴える話の説明までさせる。
いや、そこに選手の時間を使わせるなよ。
正直、最初は、そんな取材にはもう答えなくていいんじゃないかと思った。嫌な思いをするなら、距離を置けばいい。腹が立つと、考えがそっちへ走る。
ところが堂安は、長く付き合ってきた記者との信頼まで壊れるのは「もったいない」と語っていた。[1]
えっ。怒っている本人のほうが、読んでいるこっちより大人じゃないか。
ここから、僕のこの話の見方が変わった。
ゴールを決めたら、メンタルまで無限になるのか
堂安には、つい強い姿を期待してしまう。
2022年のカタールW杯で、ドイツ戦もスペイン戦も途中出場から同点ゴール。日本はどちらも逆転勝ちした。
そりゃ、次も何かやってくれと思う。
スペイン戦では、日本が0対1で前半を終え、堂安は後半から入った。左足のシュートがGKの手を弾いてネットへ届く。その3分後には、田中碧が逆転ゴールを決めた。
あんな相手との試合でも、自分が入って状況を動かす。こんな選手がいたら、苦しい時間ほど、まず堂安に期待したくなる。
シュートを打ってくれ。勝負してくれ。相手が強くても、ひるまずに行ってくれ。
僕は、その期待は持っていたい。サッカーを見る楽しみのかなり大きな部分が、そこにある。
ただ、勢い余って、ピッチの外まで勝手に無敵設定を追加するのは違う。
堂安なら気にしないだろう。言い返せるだろう。大舞台であれだけやれるんだから、このくらい平気だろう。
どれだけ追加設定するんだ。こちらが勝手に作った攻略キャラになってしまっている。
ゴールを決める能力と、嫌なことを言われても傷つかない能力は、別売りです。そもそも後者は売ってない。
好きな選手には、いつも頼もしくいてほしい。苦しいときほど、こちらを安心させてほしい。でも、その注文を増やしていくと、本人が腹を立てる余地までなくなってしまう。
応援しているつもりで、こちらに都合のいい人物像を押しつける。それは僕も気をつけたい。
堂安が感情もあると言っているのに、強そうだから大丈夫で片づけたら、本人の言葉を聞いた意味がない。
あの左足には期待する。だからこそ、嫌だと言ったことまで軽く扱いたくない。
腹が立っている本人のほうが、こっちより大人だった
今回の取材で堂安は、自分を十代の頃から知り、意見を聞いて記事にしてくれるメディアの存在を挙げている。一人の言葉で信頼が崩れ、選手が話したくなくなるのを惜しんでいた。
ここが、たまらなくいい。
腹が立ったとき、僕なら嫌なことを言った相手のほうへ考えが寄っていきそうだ。どう言い返すか。どうすれば気が済むか。頭の中で反論大会が始まる。開催しなくていい大会なのに、なぜか準備だけは早い。
堂安の言葉には、その相手とは別の、長く付き合ってきた人たちが出てくる。
自分の話をちゃんと聞いてくれる人がいる。その関係まで失いたくない。
怒りがあるのに、大切にしている相手のことも、ちゃんと見えている。僕は、そこに引き込まれた。
十代の頃から知っている記者なら、今の堂安をゴール数だけで見る必要はない。昔話していた目標がどう変わったのか。以前は悔しがっていたことを、今はどう受け止めているのか。長い付き合いがあるから聞ける話もあるだろう。
そういう話を、僕は読みたい。
その相手にまで話したくなくなるなら、失うものは大きい。堂安の「もったいない」が、こちらにも関係のある言葉になってくる。
いい言葉の選び方だと思う。
でも、大人の対応をした堂安を褒めて、気持ちよく終わるのも、何か違う。
こんな話に、その分別を使わせた。こっちの腹立たしさは、まだ残っている。
選手がうまく返せたから、めでたしめでたし。そんな片づけ方はしたくない。
森保、そこはナイスカバーだ
SportsPressJPの取材投稿[1]によると、森保監督は会見の最後に、自らこの話題を切り出した。選手から訴えがあったためではない、とも説明している。堂安は、その姿勢に「漢気」を感じたという。
ここは、監督のいい仕事だと思う。
何でも本人に説明させれば済む話じゃない。選手が自分の名前で否定すれば、またその選手の発言として広がる。終わらせたい話を説明するたび、もう一度、自分が話の中心に置かれる。
面倒な延長戦だ。しかも、本人が始めた試合じゃない。
そこで監督が、自分の言葉で説明する。選手に頼まれる前に、自分から動く。
その行動を堂安が誠意として受け取ったと報じられている部分は、僕には大きく見える。
選手に集中してプレーしてほしいと求めるなら、集中を削ぐ話に対して、監督が引き受けられることもあるはずだ。
ピッチの外で余計な守備をさせない。
僕は今回、監督の仕事をそんなふうにも考えた。堂安が監督の行動に反応したことを知ると、次に同じ試合へ向かう二人を見る目も、少し変わる。
こういう場面では、監督に前へ出てほしい。今回は、それをやってくれたと読む。ここは素直に拍手でいい。
インタビューまで0対0の塩試合にするな
堂安は今回、選手の感情が記事の面白さにもつながると語っている。
そうだよ。まさに、その感情が知りたい。
喜んでいるなら、その高揚まで伝わる言葉がほしい。悔しいなら、悔しさのにじむ話を聞きたい。こちらの見方と違っていても、それはそれで面白い。自分では気づかなかった試合の見え方が、そこから生まれるかもしれない。
納得できなければ、なぜそう思うのかと考えられる。本人の言葉を聞けたからこそ、異論も持てる。それも、サッカーを追う楽しみだ。
でも、話すほど面倒なことになると感じたら、言葉は慎重になるだろう。
僕が心配しているのは、選手が派手に取材を拒否することだけじゃない。普通に答えているのに、話す内容を無難な範囲にとどめ、聞ける話だけが薄くなっていくことだ。
頑張る。準備する。感謝する。
毎回この三点セットになったら、寂しい。その回答なら、試合に出ていない僕でもできる。ベンチにすら入っていないのに。
当たり障りのない言葉ばかりになってから、本音を聞かせてくれと言っても遅い。
試合は熱かったのに、インタビューは毎回0対0。それは勘弁してほしい。
堂安が、いつでも安全な答えだけをするようになったら、僕は嫌だ。もっと、その人の言葉を聞きたいと思わせる選手だから。
今回、腹が立つことを語りながら、話を聞いてくれる人との関係も惜しんでいた。僕には、まだ話すことを大切にしている言葉に聞こえる。
だったら、その先を聞きたい。
次にゴールを決めたら、何を言うだろう。自分の一撃に手応えを語るのか、それでも足りないと次を見ているのか。
そういう言葉が楽しみで、次のプレーも待てる。
頼むから次は、あの瞬間に何が見えたのか、どこへ蹴り込もうとしたのか、そういう話を聞かせてくれ。
堂安律が人間なのは、もう分かった。そんな説明をさせなくても、聞きたいことは山ほどある。
出典
[1] SportsPressJP:堂安律「僕たちもマシーンじゃない」ほか(取材投稿)(2026年9月27日)

